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防災評論(第111号)

山口明の防災評論(第111号)【2019年10月号】

山口明氏による最新の防災動向の解説です。
〈解説〉とあるのは山口氏執筆による解説文、〈関連記事〉はそのテーマに関連する新聞記事の紹介です(出典は文末に記載)。防災士の皆様が、引用、活用される場合はご留意の上、出典を明示するようお願いします。

1、上越新幹線車両を北陸新幹線車両に「転用」<新幹線とBCP>

〈解説〉
 東日本広域を襲った台風19号(10月11~13日)は千曲川(長野)の決壊を招き、近傍にあった北陸新幹線の車両基地を水没させ、常置してあった10編成の車両が浸水して使いものにならなくなった。JR東日本が運用している新幹線はミニ新幹線(秋田、山形)を含め5路線。運用を開始した当時は東北・上越両新幹線車両を共用していたが、その復路線網が複雑になるにつれ地域ごとに能力や形状か異なる様々な車両形態が混在する状況になっている。特に1997年開業した北陸新幹線はJR西日本にまたがるJR東としては始めての50~60ヘルツ両周期対応型の車両を使い、ネットワークの中で孤立した存在となっていた。
 北陸新幹線の車両編成は平常時で24、ピーク時には30となっており、車両基地水没災害により3分の1強が失われたことになって正常ダイヤによる運行は不可能になっている。JR東では北陸新幹線のこの弱点を克服すべく上越新幹線との共用化を計画、上越現行運用車両であるE4系を北陸と同様のE7系に置換し、上越の高速化も図ろうとしていた矢先の被害であった。当面上越新幹線に投入予定だった5編成をすべて年内に北陸へと投入、上越の高速化は先送りとなった。それでも北陸で運用できる編成は最大25となり、年末年始のピーク時には乗客をさばき切れるのか不安が残る。今回の水没事故はJRの新幹線運用システムに大きな教訓を残した。即ち、
(1)複雑な編成運用が自然災害に備えるべき同社のBCP(事業継続計画)上十分考慮されていなかったこと。
(2)水没した10編成は復旧の目途が立ず廃車となること。なぜなら水中に沈んだ制御装置が水に弱く、その交換には相当な時間がかかって採算が見込めないこと。
(3)常置されていた長野県の車両基地は水害に対する十分な検討をしないままその設置が決まったこと。
(4)台風19号接近の報に接し、水没の恐れのある車両を標高のある営業路線に避難させることが出来なかったこと。
 等である。今後リニア新幹線を含め全国の新幹線網が拡大するほか東海道新幹線などの老朽化による更新や防災対策に直面するJR。今回の事故を契機としてネットワーク全体の防災・危機管理体制を見直す必要性に迫られている。





2、武蔵小杉のタワマン事情<急激な都市化への警鐘>

〈解説〉
 1と同じく台風19号で大打撃を受けたのは川崎市中原区武蔵小杉も同様だった。武蔵小杉はここ数年「住みたい街」ランキングの上位に位置する人気エリアだったが、その歴史は吉祥寺や自由が丘などに比べると浅い。かつては単にJRと東急の接続駅に過ぎなかったが、開発事業者がその立地に着目、湘南新宿ラインが開業したことを弾みとしてこの多摩川沿いの街にタワーマンションの集中立地を中心に急激な開発が進み、そのブランド価値は一気に上昇した。しかし川沿いの低地というハンディはカバーできなかった。台風19号がもたらした大雨によりこの街は泥水につかり、JR改札口や点字ブロックも濁った水で目視できない。駅前広場に停車中のクルマは半分ほども水没した。最近では成田エクスプレスまでが停車するようになったセレブの街武蔵小杉の水災は地域住民の間に大きな亀裂も呼んでいる。
 今回の武蔵小杉を襲った水害は典型的な内水氾濫である。台風19号豪雨では多摩川水位が上昇、河川水がマンション等地中に逆流し、マンホールなどから噴出したものである。街中に下水の汚臭がただよい、トイレも使えず電気が通じたのも約1週間後で、とても優雅な“タワマンライフ“とは程遠い修羅場が現出してしまった。台風から1ヶ月近く水道も不通のところがまだある。30階以上もあるタワマンでは停電中は買物も往復徒歩で30分以上かかったという住民もいる。
 目下マンション管理組合や販売元では「セレブ」の評価を維持し、不動産価値の下落を防止すべく必死のかん口令を引くところもあるようだ。しかし、被災の真の姿を糊塗してその場をやり過ごすことは適切な防災対策とはいえない。2020年東京五輪選手村跡も含めた首都圏に林立するタワーマンション、今後の首都直下地震の可能性や想定される津波、液状化の影響など今回の災害をよく分析し包み隠さず今後に活かすことが真に住民の安全・安心につながる。



3、水害リスクライン<氾濫危険度の開示>

〈解説〉
 国土交通省は9月11日から、河川の上流から下流まで連続して洪水発生の危険度を示す「水害リスクライン」を一般に公開した。これまでは行政内部の情報としてきたが、該当河川住民も含め一般の人々により身近な箇所の氾濫危険性が解るようになる。この水害リスクラインは該当河川の形状、降雨量、現在水位などから以後6時間後までの予測水位を算出したうえ、200メートル間隔で当該河川の氾濫危険度を表示するもの、これまでも類似のシステムがあるが、数キロメートルにも及ぶ水位観測所ごとの水位発表なので、即地的な不十分なところがあった。このシステムでは氾濫注意水位を超えるとオレンジ色など、左岸、右岸別に危険度を5段階に色分けしてマップ表示される。この危険度(5ランク)は今年5月から運用を開始した5段階「警戒レベル」に対応するので、レベル4(避難指示・勧告)を示す赤色表示となると全員避難を求めることとなる。
 対象となる河川は、既に試験導入している荒川など3河川に加え、6月に10河川、今回総数50河川へと拡大された。国土交通省としては2020年3月をめどに国管理の全109河川で運用したいとしている。防災士も公開されたリスクラインをもとに自ら、そして地域・家族の方々の早目の避難を呼びかける有力なツールとして活用したい。



出典:国土交通省「水害リスクライン」により身近な箇所の危険度が明らかに~より身近な箇所の危険度を把握することで、防災行動を円滑化~より引用




4、大雪時道路政策の転換<ネットワークとしての影響低減化>

〈解説〉
 地球温暖化による気象変動の激化は雪の降り方にも大きな影響を与えている。集中的な大雪が頻発しているからだ。これに伴い大規模な車両渋滞やそれに伴う長時間の通行止めがたびたび発生するようになった。2018年には首都圏で20㎝を超える大雪に見舞われ、復旧に最大4日間を要した。また、福井県では37年ぶりの豪雪となって140㎝を記録、石川県との県境で1500台(ピーク時)以上の車両が滞留通行再開までに3日間を要した。
 これを受け国では豪雪時の道路政策を大きく転換している。これまでは大雪時でも「できるだけ通行止は避ける」としていたが、「道路ネットワーク機能を最大限発揮できるよう、その影響を最小限化する」ことへと考え方を改めた。具体的には道路管理者間の連携強化(自ら管理する道路だけの啓開にこだわらない。)のもとネットワーク全体として滞留制御や通行止時間の最小化を図る、というものだ。そのため地域ごとに大雪対応タイムラインを設定、これにより降雪段階に応じた行動プランを定めることを目的とし、道路管理者間の合同訓練や除雪機能の融通などを図る。
 大雪により車両の滞留発生が見込まれる場合は予防的な通行規制を実施、事前に集中除雪すること、その場合のドライバーへの予告・情報提供の仕組も整えるとしており、ハード面では路面状況把握のため定点カメラの増設、ロードヒーティング、消融雪施設の整備促進、SA、PA拡張によるチェーン脱着場の増スペースなども実行に移す。だが除雪対策で最も頭の痛い問題は除雪オペレータ不足だ。高齢・過疎化によりベテランのオペレータはどんどん減っている。そこで応用した無人「高機能除雪車」の開発を進めている。無人化できれば暴風雪の中、自動で除雪作業を継続できるうえオペレータ不足にも対応できる新技術として期待は大きい。
 今後も集中豪雪による交通マヒは頻繁に起きることが十分想定される。豪雪地のみならず都会の防災士もこれらの動きを注視してゆく必要があろう。


<関連図>

出典:国土交通省近畿地方整備局 国道8号での対応についてより引用


5、「蘇生拒否」対応統一ルール見送り<救命責務の限界>

〈解説〉
 救急隊員が出動現場で心肺停止状態となった傷病者の蘇生措置をしようとした場合、近親者等から“望まない”として「蘇生拒否」されるケースに対しどのように隊員が対処するか、消防庁を中心に統一方針を検討していたが、現段階での統一方針の策定は困難と判断された(2019年7月)。全国統一ルールの検討は、事実上、棚上げになる。
 消防庁の調査では、全国728本部のうち、半数超の403本部が2017年に蘇生拒否を経験した。現在、蘇生拒否への対応方針を決めている消防本部は332でうち201は拒否されても蘇生を施しながら搬送としているが、106は条件付き蘇生中止としている。一方半数以上の396本部は蘇生拒否への対応について特に定めておらず、この問題は我が国救急業務の遂行上重大な問題となっている。このため対応に苦慮する消防本部からは消防庁に対し、一刻も早い統一ルールの制定を望む声が多く寄せられていた。いうまでもなく救命活動は救急業務の重要な責務であり、拒否にあったからといって蘇生を放置すると消防法違反となるおそれがある。かといって心肺停止に陥っている人を強引に蘇生させようとする行為は、家族らからも相当厳しい批判を受けかねないことになりかねず、現場の葛藤は続く。
 消防庁ではより多くの事例を収集して、国民の意見や終末期医療の動向を見極めつつ再度検討の俎上にのせたい考えだ。防災士にとっても救命活動の在り方は重要な課題で、自らの所在する消防本部はこの問題についてどのような方針をとっているのか事態を把握したうえ、地域住民間でのコンセンサス作りの一役を担ってゆきたい。


<関連図>

東京消防庁 Tokyo Fire Department 救急医療週間の実施について(平成23年9月2日)報道発表資料より引用




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