防災士の認証と防災士制度の推進で地域社会の防災力向上に寄与する

防災評論(第109号)

山口明の防災評論(第109号)【2019年8月号】

山口明氏による最新の防災動向の解説です。
〈解説〉とあるのは山口氏執筆による解説文、〈関連記事〉はそのテーマに関連する新聞記事の紹介です(出典は文末に記載)。防災士の皆様が、引用、活用される場合はご留意の上、出典を明示するようお願いします。

1、豪雨ハイテク対策の実用化<3次元ハザードマップ等>

〈解説〉
 大規模な浸水被害や土砂災害で200人以上が犠牲になった西日本豪雨の記憶もまだ新しい。このような集中豪雨災害から身を守るための科学的研究が被災地にある大学や企業で進んでいる。地震災害よりもはるかに高い頻度で発生する風水害。地道な研究成果が画期的な防災対策につながることが期待される。以下の主なものを紹介する。
①3次元ハザードマップ(岡山)
 岡山市の建設コンサルタントは岡山大などとの共同研究で、走行中の自動車からレーザーを照射して建築物を測量するとともにGPSや撮影画像と合成解析して3次元マップを簡易に作成できる技術開発に取り組む。浸水時の水位などを示した3次元ハザードマップの作成へとつなげる取組みである。従来のハザードマップは平面図に浸水予測水位などが描かれているための実感がつかみにくい。危険をよりバーチャルに把握できる比較的低廉な3次元ハザードマップの開発に期待が集まる。
②ドローンの活用した流量計測(北海道)
 神戸大や札幌市の測量調査会社などのチームはドローンを飛ばすことによる河川の流量測定に取り組む。通常は橋から落下させた浮きを使って流量測定を行うが、この方法では河川氾濫時の計測は出来ない。このチームは河川域上空50メートルから撮影し、水面の波紋から流量を求める手法開発に成功した。2018年石狩川が氾濫した際、上空にドローンを飛ばして流量計測し、3250立方メートル/秒と正確な流量を割り出すことに成功している。
③人工知能による水位予測(九州)
 建設コンサルタントと国土交通省九州技術事務所は、ターゲットとする河川周囲50キロメートル四方の降雨量分布を基礎データとして、その河川の一時間後の水位を予測する人口知能(AI)を開発した。このチームは筑後川(佐賀)の支川についてこのAIの実証実験を試みたところ、支川増水時過去26回のデータを学習したAIは、同じく過去4回の増水時に生じた水位変化を実際の場合とほぼ同様に正確に予測できたという。全国に分布する中小河川のいちいちの水位変化を予測することは現状では極めて難しいので、このAI技術が全国的に実用化されることが期待される。
 このように、被災各地では単なる復旧・復興に止まらず、次の災害予防に向けた科学的な研究が展開されることが防災上重要である。科学的知見のある防災士はぜひこれらの地域プロジェクトに積極的に参加していただきたい。


2、防災と財政投融資<高速四車化、関空かさ上げ>

〈解説〉
 来年度の予算編成に向け、“第二の予算”といわれる財政投融資(財投)の積極的活用が目立っている。財投は国債などで調達した政府資金を独立行政法人など国出資法人に低利・長期に貸出す仕組みで、かつて国鉄(現JR)などに無秩序に財投投入していたことが仇となって、それら法人の運営が行き詰まったことを教訓として抑制気味に運用されてきたが、ここへ来て災害対策など緊急性のある事業を中心に財投対応する例が増えている。
 国土交通省としては来年度は高速道路関連として一兆円、関西空港関係に1,500億円それぞれ投入する計画である。このうち高速道路関連としては地方部にある二車線型高速道路(全国で約1,600キロメートル)について早期に四車線への移行を図る。四車線化への移行は単に交通円滑化に資するのみならず防災・減災面からも効果は大きい。最近では西日本豪雨による土砂崩れで上り線橋桁が流出した高知自動車道(四車線)では被災を免れた下り車線を対面通行化して早期に流通交通経路を確保できた。東日本大震災など過去の震災被害時にも同様の効果が報告されている。
 関西空港では台風21号の被害により越堤した護岸のかさ上げと電源設備浸水対策に540億円の財投を投入する。これにより早期に浸水対策工事を完成させることが出来、来たるべき台風高潮災害や南海トラフ地震に備える。
 このように大きな効果が即効的に期待できる財投活用だが、税金投入ではないので事業体には後年度の償還負担が残る。したがってあくまでも採算性の見込める事業体に限定した制度として活用すべきであり、かつてのような税金の肩代わり的な役目を財投に負わせることは厳に慎むべきであろう。


<関連図>

出典:国土交通省「高速道路の暫定2車線区間の4車線化等について」より引用


3、日本海側地震への備え<新潟・山形地震>

〈解説〉
 6月には新潟県村上市で最大震度6強を観測した地震があったが消防庁によると新潟など四県で20人強の負傷者が報告され、山形県鶴岡市では液状化現象も確認された。しかし死者・行方不明者はなかったうえ津波も小さく被害は軽微だった。マグニチュード(M)は6.7と震度6強を観測した割には小さかったのが被害最小に止まった原因と考えられるが、しばらくぶりの日本海側地震のため警戒が必要である。一口に「日本海側」といっても大きく弓なりになる日本列島において弓の左弦、つまり北日本海エリアは特に注意が必要である。地図にあるようにこのエリアでは過去何回もM7級の地震に見舞われている。このエリアを列島に沿うように広がる。「ひずみ集中帯」が存在するからだ。この一帯は北米プレートとユーラシアプレートの2つのプレートがぶつかり合う境界にあり、東西方向の押されと圧迫によるひずみが起きやすく、そのため断層のズレが起きやすいのだ。
 しかし一般に日本海側地震に対する関心は薄い。自治体でも津波の浸水ハザードマップを地域防災計画などで住民に公表しているところは少ない。その大きな理由は、政府や研究者の間で太平洋側の地震対策、中でも「南海トラフ地震」と「首都圏直下型地震」に目が向きすぎていることにある。加えて最近の人口減少と東京一極集中傾向により日本海側に日本全体が疎くなってきているという事情もある。交通網も太平洋側に比べ貧弱で、平野が小さいことから道路も鉄道も殆ど海沿いの交通に頼っており、津波対応も脆弱である。ところが日本海側には北朝鮮が対岸にあるほか、同じく韓国やロシアとの関係が微妙で安全保障上のリスクも大きい。国土の均衡ある発展と安全・安心の見地からも国全体として日本海側の対策をもっと目を向けるべきであろう。


<関連図>

参考図:主な海溝型地震の評価結果(地震調査研究推進本部2019年2月26日公表)より引用


4、水害対策促す「全員避難」<東京・江戸川区>

〈解説〉
 今年に入り東京都江戸川区が住民に配布したハザードマップ(水害編)が議論を呼んでいる。目玉は70万区民全員に区外の広域避難をはっきりと求めていることだ。江戸川区が広域避難の考えを打ち出したのは今回が初めてではない。既に江戸川、江東、墨田、葛飾、足立の都内東部5区は協議会報告の中で大規模水害の際「5区で250万人の避難が必要、当面100万人以上の広域避難体制を構築する」としている。しかし住民向けハザードマップという具体的手段で発信したのは江戸川区が最初で墨田区など他の地区でもこれに続く見通しである。
 ハザードマップ公表に踏み切ったのは片田敏孝東大教授のアドバイスによるところが大きい。片田教授は“釜石の奇跡”として有名で、東日本大震災の際、釜石市の子供達の命を日頃の訓練の成果発揮により守った防災の実践家でもある。ハザードマップ公表には区外避難先の特定、明示がないなど不明な点も多いが、片田教授は国や都の対策を待つだけでなく「ともかく江戸川区が一歩踏み出さないと何も変わらない」と危機感を訴える。事実2018年には西日本豪雨で避難の遅れなどにより200人超の死者・行方不明者を出す惨事が起きた。“大げさなことを言うな”という前に冷静に状況を見極め、対策を練り上げていく努力が国、都、区として住民に求められ、防災士はその中にあってそのリーダーシップを発揮してゆくべきである。


<関連図>

出典:江戸川区「江戸川区水害ハザードマップ」より引用


5、水道インフラをどう守るか<安全確保と民営化>

〈解説〉
 水道は今では当たり前にどの地域にも存在するが、戦前から戦後しばらくにかけてはそうではなかった。現在日本の水道普及率は97%(2018年)、しかしその大半は戦後の高度成長期に整備されたもので、40年の法定耐用年数が過ぎようとしているものが多くを占め、すでに40年超の管路のまま使い続けているものが13.6%を占める(2015年)。一方これに対応して管路の更新をした割合は2015年の場合全体のわずか0.74%に過ぎず、その主な理由は特に地方部において人口減少による水道受益者の減少とそれをベースにした自治体の財政難である。また普段地上にあって目に見える他の公共施設とは異なり地下にある水道管路の状態に住民の関心が及びにくいことも更新の遅れに歯車をかけている。
 しかし水道は日常インフラとしてだけでなく災害時インフラとしても重要で、その耐震化など安全予防対策など早期復旧対策は不可欠である。東日本大震災では25万戸が断水、全復旧まで5カ月を要した。熊本地震でも3.5カ月の復旧期間を要している。しかし耐震化した水道管は約40%、貯水池でも55.2%と地震対策はまだ不十分である(2018年3月現在)。
 このようなことから国は水道事業の効率的運用を図るという大義名分のもと水道法を改正、民間事業者と運営権を譲渡(コンセッション)できる途を開いた。しかしこれにより水道の防災対策が進むと見るのは余りにも楽観的である。関西空港が台風21号で浸水した際、運営権を有する民間会社はその復旧に無力であった。そもそも民間の収益力・投資力ではカバーできないから水道は公企業とされていたのであり、運営会社はあくまで生産性確保を至上命題とするから、水道設備の更新、耐震化や災害対応時の対応強化などに振り向けられる力が限られている。民営化こそがすべての打ち出の小槌のように考えるのは早計であろう。

<関連図>

出典:厚生労働省「水道施設の耐震化の推進」より引用




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