防災士の認証と防災士制度の推進で地域社会の防災力向上に寄与する

防災評論(第105号)

山口明の防災評論(第105号)【2019年4月号】

山口明氏による最新の防災動向の解説です。
〈解説〉とあるのは山口氏執筆による解説文、〈関連記事〉はそのテーマに関連する新聞記事の紹介です(出典は文末に記載)。防災士の皆様が、引用、活用される場合はご留意の上、出典を明示するようお願いします。

1、自然を活かした防災住宅<木造規制緩和とZEH>

〈解説〉
 2016年の糸魚川で起きた大規模市街地火災を教訓に2018年木造建築物の耐火性能に関する建築基準法令の改正が行われた。糸魚川大火のような密集市街地においては木造住宅の耐火性能を高めることが効果的ではあるが、一方でこれまでのコミュニティを壊さずに地域の振興や資源の活用を図ることも重要となる。この相反する命題を調整・解決するために次の改正が行われた。
 (1)従来は「高さ13メートル、軒高9メートル超」の木造建築物は耐火構造でなければならなかったが、改正により「高さ16メートル超、4階以上」に緩和された。また、糸魚川で課題となった「もらい火」による延焼拡大を防ぐためこれまで一律にすべての壁、柱等に対し耐火性能を要求していたが、現実的ではなかったので外壁や窓等外面の防火性能を高める一方密集市街地においても内部の柱には(防火性能の低い)木材の利用も可能とした。これらにより糸魚川被災市街地の再建をはじめ、各地の木造密集地域での合理的防火・防災体制の推進が期待される。
 一方で、2018年には災害により多くの停電が発生した。北海道胆振東部地震で起きた大規模広域停電(ブラックアウト)が記憶に新しいが、台風被害でも21号で120時間、24号で70時間もの時間を完全復旧に要している。そのような災害停電から家族の命を守るため国が推奨しているのがゼロエネルギー住宅(ZEH)である。ZEHは高い耐熱性能をもち、太陽光発電などで生活に必要なエネルギーの強度をまかなうことができる住宅で、一年間のエネルギー収支が実質プラスマイナスゼロとなるものを指す。経済産業省と国土交通省は2020年までに新築注文戸建住宅の50%以上をZEHにすることができるよう、発注者や住宅メーカーに補助するなどして支援している。
 ZEHは防災だけでなく、消費者である居住者にとっても光熱費削減というメリットがある。防災士もこれらの制度をうまく利活用して地域のエコ・防災につなげてゆきたい。


<関連図表>


ゼロエネルギー住宅(ZEH)の例(資源エネルギー庁ホームページより引用)


2、公共インフラの点検保全<笹子トンネル事故の教訓>

〈解説〉
 中央自動車道笹子トンネルの事故は2012年12月に発生した。全長4.8kmのうち、一枚一トン以上もするコンクリート製天井板が約140mにわたって計270枚も落下、走行中の自動車複数台が巻き込まれて火災が発生し、9人の犠牲者を出した。管理者の中日本高速道路に対する国家賠償請求は認められたが、欠陥を見過ごしていた同社経営陣に対する裁判については認められなかった。
 このトンネルは断面が大きいため足場を組まないと最頂部が点検できないが、事故前12年間にわたって足場を使用した接着系アンカーの目視点検や打音検査もせず、補修履歴などの資料保存も十分ではなかったことが発覚、危機感を強めた国土交通省は公共インフラの点検強化に乗り出した。
 それまでは国土交通省は直轄で管理する橋りょうで2004年から定期点検を義務付けていたものの、自治体等が管理する構造物の点検は単なる努力義務であった。その後2013年11月に国が策定した「インフラ長寿命化基本計画」では全てのインフラについて機能損傷が発現する前に補修する「予防保全」の考え方が打ち出され、更に2014年7月国土交通省は従来のインフラ点検要領を全面的に改定、管理主体を問わずすべての道路構造物(橋りょう、トンネル等)で定期点検を義務付けた。点検では点検結果から構造物の健全性を健全なほうからⅠ~Ⅳの四分類することとされた。
 2014年からはじまった定期点検は2018年に一巡し、2019年から2巡目の点検がはじまった。橋りょうについてみると、1巡目の点検で点検済みにとされたうちⅢまたはⅣと判定されたのは約1割、うち85%は修繕に着手できていない。また比較的健全なⅡとされたのは本来予防保全の対象となるが、それに着手したものはわずか3%で、点検だけで精一杯の実情が浮き彫りになった。
 このような状況下公共インフラの健全性を維持し、災害に強い構造を維持していくことは容易ではない。人手不足の中で新技術の導入やPFI(民間資本を活用した社会資本整備)などの工夫により国や自治体の負担を軽くして効率的に維持保全してゆくことが求められる。防災士にとっても身近な公共インフラの健全性はどうなのか、常に監視の目を養っていくことが重要である。


<関連図>

PFI事業の性格(内閣府ホームページより引用)

3、“自宅避難”のアイディア<自助努力の促進>

〈解説〉
 南海トラフ巨大地震や首都直下地震が起きた場合都市の避難所は人であふれかえる恐れがある。首都直下の場合避難所への流入は720万人、南海トラフにおいては950万人と内閣府では推計しており、東日本大震災(34万人)や阪神大震災(31万人)とはその規模は全くケタ違いとなる。
 膨大な避難者(被災者)に対しては「避難所の確保整備」だけでは対応できないおそれが指摘されており、可能な者は自宅にとどまって避難生活を行うことが選択肢の一つとなる。これを“自宅避難”(または “在宅避難”)と呼ぶ。
 自宅避難を可能とする要件として、自宅の耐震性や安全性を確保することが最も重要であるが、周辺と途絶し物資の調達もままならない中で生きるための努力やノウハウも必要である。そこで最近では自宅避難に特化したイベントやセミナーも開かれるようになっている。避難生活は心身の負担が大きい。自宅等に大きな被害がなければそこにとどまることも十分考えられる。そのための技能を習得しておくことも防災士にとって大切なことだ。


<参考>


“自宅避難”を可能にする留意項目として、一般に言われている備蓄水準に加え、
①最低1週間分の食料を備蓄する
②缶詰やレトルトではすぐに飽きが来る。カセットコンロを常備し、それとポリ袋の組合せによる非常時の「料理法」を知っておく。
③冷蔵庫は電力が途絶してもしばらく使える。必ず事前に転倒防止しておく。
④ラップや新聞紙などもできるだけ準備する。
⑤避難所へ行く際の非常用持ち出し袋は極力軽くして容易に持ち運べるようにする。

(イベント参加時の講師による留意点を筆者まとめ)




4、大規模盛土危険地と液状化<北海道地震に見る特異事例>

〈解説〉
 谷地を埋め立てて住宅地を造成する例は日本各地で見られる。過去阪神大震災、東日本大震災は言うに及ばず、福岡西方沖地震、芸予地震など中規模な地震災害でも必ず起きるのが、これら埋立による盛土被害だ。2018年9月に発生した北海道胆振東部地震でも盛土被害が発生、しかし今回はこれまでの盛土被害とは様相を異にした状況が露呈した。被害の集中した札幌市清田区なかでも里塚一条地区に発生した道路の大規模陥没と大量の土砂流出がそれを物語る。札幌市によると同地区の盛土被害の主因は液状化であり、1978年から火山灰を主組成して造成した盛土が全体的に液状化した。しかしこれまでの液状化盛土と異なるのは流動化した土砂が下流に向かって大規模に流出、水道管破裂による水供給もあって、元々谷筋にあったすべての街区を呑み込み、全体が沈下してしまった。被災直後の現地をみると一般的な液状化被害地とは全く違う光景が広がっていた。盛土造成地と傾斜地形が複雑に合成された特異災害であったといえる。
 2006年に改正された「宅地造成等規制法」では盛土の面積が3,000㎡以上の谷埋盛土について、液状化等により滑動崩落して宅地被害を生じさせないよう、第1次スクリーニングと呼ばれる作業で危険盛土を抽出し、「大規模土地造成マップ」を自治体が作成して住民などに周知することとなっているが、3,000㎡以上は優にあるのにこの里塚一条地区はその対象表示から抜け落ちていた。実は札幌市は1951年撮影の空中写真に基づきこのマップを作成、1970年代に造成された当地は外れてしまっていたのだ。
 規制法では第1次スクリーニングのあと危険地を第2次スクリーニングで詳細調査し、崩落の恐れが強いと危険認定された区域には宅地防災区域の指定などを行い、必要な箇所には滑動崩落防止事業を実施することとなっているが、もともと1次スクリーニングに引っかかっていなかった里塚一条では事前予防策を施しようもなかった。
 全国的にみても全区市町村で第1次スクリーニング実施済みは80%、そのうち第2次スクリーニングに進んだ自治体は僅か17(1%)である。法の求める対策実施を行った団体に至っては2自治体(2箇所)に過ぎない。ザル法ともいえる盛土対策規制だが、先に述べたように過去の地震被害では必ずといっていいほど盛土で大きな被害がでる。防災士は自らの居住域が盛土危険地であるのかチェックするとともに、そうなっていないが明らかに盛土の特色の見られる住宅地については市町村に問い合わせるなどの継続的な努力が必要である。


<関連図>


以上、国土交通省ホームページより

             大規模盛土造成地マップの公表状況などについて

             出典 国土交通省関係資料をもとに作成

5、路上変圧器の“活用”<防災対策の視点>

〈解説〉
 無電柱化は国が景観の向上、地震暴風対策として議員立法まで制定して取り組んでいる施策である。古くはNTT株(旧電々)の株式放出益の使途として指定されその普及が始まったが、、国土交通省によるとこれまでに約9,000kmの街路が無電柱化され、2018~20年度にかけてさらに1,400kmが新規に着手と計画されている。
 無電柱化されると電柱に設置されていた変圧器は一定の間隔で路上に置かれるが、これが路上変圧器である。よく街角で見かける黒~暗茶(カーキ)色の何の変哲もない直方体である。
 国土交通省はこれまでこの変圧器に路上広告物を設置、添加してはならならいと指導しており、したがって企業広告やポスターなど一切の広告、掲示物はこの変圧器には附設されず、現状ではただの“黒い箱”となっている。これを自治体が広告費を徴収してデジタルサイネージ(電子看板)を運営できるように改めるのが国土交通省の新たな試みである。路上変圧器の電子看板を活用すれば災害時の避難情報やインバウンド観光客等向けの情報を効果的に提供できると判断されるからだ。国土交通省では公募により実証実験を開始しており、東京都も港区ですでに独自の実証実験を始めている。
 いいことづくめのような印象のある路上変圧器であるが、一部の有識者からはその防災上の問題点を指摘する声もある。それは特に大規模豪雨などにより変圧器の設置街路に浸水し、それがもとでショートによる広域停電が発生するのではないかという点だ。東京都では江東、葛飾、江戸川区など荒川水系に沿う地上変圧器に特にその危険性が懸念されている。
 路上変圧器はその形状、性格から必ず街路レベルに設置される。つまり浸水に極めて弱い構造である。電力会社として変圧器に十分な浸水対策が施されているのか、特に浸水危険区域にある路上変圧器については、防災士としても注意を払うべきであろう。国もただ利活用に目を向けるだけでなく、路上変圧器の防災性を向上させるよう事業者を促していくべきであろう。


<関連記事>
配電地上機器を活用したデジタルサイネージによる国内初の商業広告配信実証実験を東京都港区で開始
https://prtimes.jp/main/html/rd/p/000003322.000003442.html

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