防災士の認証と防災士制度の推進で地域社会の防災力向上に寄与する

防災評論(第110号)

山口明の防災評論(第110号)【2019年9月号】

山口明氏による最新の防災動向の解説です。
〈解説〉とあるのは山口氏執筆による解説文、〈関連記事〉はそのテーマに関連する新聞記事の紹介です(出典は文末に記載)。防災士の皆様が、引用、活用される場合はご留意の上、出典を明示するようお願いします。

1、豪雨災害多発と民有地規制<行政関与拡大へ>

〈解説〉
 国や地方自治体は災害防止上の観点でいえば民有地にさほど関心を示してこなかった。過去の広島豪雨災害(1999年)を教訓に制定された土砂災害防止法(2001年)にしても民有地への土砂災害警戒地域への指定は遅々として進まず、再び同じ広島県で前回を上回る豪雨災害が発生した(2018年)ことは記憶に新しい。行政が住民の反発、地価下落、都市の発展阻害などのマイナス要因に余りにも配慮し過ぎた結果だった。しかし地球温暖化の影響もあり毎年のように大規模な災害が起こり、人命や財産に大きな被害を見るにつけ、これまでのように行政が消極的な態度をとり続けることには限界に来ている。
 以前にも触れたが、国はコンパクトシティー(※注1)の推進に当たって住宅系の用途に誘導するエリアから災害危険地を除く旨、立地適正化計画の中で明示した。民有地に行政が係ろうとする一つのシグナルだ。また、土砂災害発生危険の高い盛り土の埋立て(谷埋め盛土)への助成措置が導入されている。2004年の新潟県中越地震を契機として民有地の谷埋め盛土を耐震化する名目で創設された「大規模盛土造成滑動崩落対策」である。もっともこの事業は被災後の対策に大半が投入され、災害予防に必要な事前対策には殆ど適用されていない。
 このような中、全国知事会は2019年7月、豪雨により浸水危険の高い土地の売買時に、そのリスクを仲介会社が買主に対し説明することを義務付ける宅地建物取引業法(宅建業法)改正を提言した。2018年7月の西日本豪雨で大被害を受けた岡山県が提案した案件である。現行宅建業法では土砂災害警戒区域や津波災害警戒区域などごく一部の災害危険情報は買主に伝える義務があるが、一般的豪雨による浸水危険までは周知されていない。当然この提案に対しては土地売買に支障をきたすとする業界からの反対が予想される。
 しかし情報の周知は売買のみならず、土地取得後、災害に遭遇した場合迅速な避難に自ら踏み切るための参考ともなる。ぜひ国における真剣な検討を望みたい。

(※注1)人口減少、高齢化の急速な進展に対し国が福祉、医療施設や住宅地をコンパクトな一定のエリアに誘導し、そこに公共ネットワークを再編整備しようとする都市計画事業。


<関連図>

出典:国土交通省 都市局 都市安全課「盛土の滑動崩落対策」より引用




2、道路構築物の修繕遅れ<道路法改正後の動き>

〈解説〉
 国土交通省は2012年の笹子トンネル崩落事故を受けて道路法を改正、全国のトンネル、橋梁等の道路付属構築物を対象に、2014年度から5年に1度の定期点検(近接目視によることが原則)を道路管理者に義務付けた。さらにこれに併せ点検状況を「道路メンテナンス年報」として公表している。これによると2014年~2018年度の点検結果において橋梁の10%(69,015ケ所)、トンネル42%(4,416ケ所)が5年以内に修繕が必要とされた。しかしそのうち2019年度末までに修繕着手できたものは橋梁で15,357ケ所(全対象物の22%)、トンネルでは1,604ケ所(同36%)に止まっている。定期点検では対象施設の健全度を4段階で判定している。このうち第3段階と第4段階が修繕必要とされる。(下図参照)。
 これを管理者別でみると国土交通省では既に53%の構築物で着手しているのに対し、都道府県で24%、市町村で18%、地方公共団体とりわけ財政的にも人材的にも余裕の乏しい市町村で対策が遅れている。大地震など災害時には国道・国幹道での道路保全も重要であるが、土砂災害によるトンネルの崩壊などが発生しやすい市町村道では住民・集落の孤立という防災上の問題も引き起こす要因ともなる。したがって市町村道施設の維持保全を加速させることが大きな課題であるが、市町村にとって普通財源でこなしてゆくことは容易ではなく国からの「社会資本整備補助金」を充てるケースが多く、8割を超える市町村で修繕のための経費をこの交付金で賄っている(2017年度)。しかし交付金総額上は限度があり、災害危険が高く中山間市町村道を多く抱えている小規模市町村ではこの交付金獲得による対策では追いつかない。交付金増額に加え何らかの緊急対策事業を検討すべき時期に来ている。防災士も地域の市町村道の修繕・維持実態に常に監視の目を働かせてゆくことも大切である。


<関連図>


出典:国土交通省道路局 道路メンテナンス年報より引用


3、2018年豪雨災害<愛媛県の検証報告書>

〈解説〉
 2018年7月の西日本豪雨では愛媛県下各地でも甚大な被害が発生した。この際県防災対応上様々な課題が指摘されたところから愛媛県では同年10月から「豪雨災害対応検証委員会」を設立し、これまで計4回の会議のほかアンケート調査や住民・市町村へのヒヤリング等を経て、2019年4月に報告書を取りまとめた。この報告書では①県災害対策本部の機能強化②避難対策の徹底③被災者の迅速支援などの提言をまとめたが、とりわけ県が計画的に養成している県内防災士の充実強化、活用支援などの防災士関連方策が強調されている。また被災時のり災証明書を迅速かつ適正に発行するため県内市町村の応援を円滑化する「県・市町村間の共同統一システム」の構築など有益な内容が盛り込まれている。
 一方、豪雨災害被害を最小限に食い止めた点について①県災害対策本部を迅速に立ち上げ、TV会議の活用②支援グループ体制の構築③対口支援(※注2)の効果的運用の仕組み活用③熊本地震の教訓を踏まえた貨物供給マニュアルの運用などを取り上げたほか、特に避難対策として防災士を中心とする自主防災組織による早期避難の呼びかけが奏功し、犠牲者が出なかった地域があったことなどを紹介している。
 本年9月に襲来した台風15号について千葉県の対応のまずさが指摘されいる。本報告書は都道府県等の立場からとらえた災害分析として全国の自治体が参考になる文献であるとともに、防災士の活躍が具体的に取り上げられている点で全国の防災士(会)にとっても必見の書といえよう。

内閣府「平成30年7月豪雨を踏まえ2019年度出水期までに実施する具体的な取組」へリンク
http://www.bousai.go.jp/fusuigai/suigai_dosyaworking/kensyou.html

(※注2)対口支援とは「カウンターパート」と呼ばれ、被災自治体と支援する都道府県・政令指定都市をペアにして、1対1の対応、マンツーマン型で支援を行うことを言う。



4、伊勢湾台風から60年<地球温暖化による水害深刻化>

〈解説〉
 昭和34年1959年)9月26日、潮岬に上陸した強い台風(伊勢湾台風)は速い速度で紀伊半島を縦断後東海地方に襲来し、伊勢湾周辺の名古屋市をはじめとする堤防は至るところで決壊、濃美・伊勢沿岸は一面海と化した。この台風での死者・行方不明者は5,000人を超え、平成7年(1995年)に阪神・淡路大震災が発生するまでは戦後最大の死者行方不明者を出す自然災害となり、平成23(2011年)の東日本大震災と合わせて戦後三大災害に数えられる。この伊勢湾台風は日本の防災対策の抜本的強化、再編の契機となった。防災の根幹を定める「災害対策基本法」が定められ、国・地方間の役割分担や事業、体制の整備が図られたが、もう一方の柱として治水事業を強化に推進する法律「治山治水緊急措置法」も制定された。この法律に基づき政府は5か年計画を策定して計画的治水事業等に取り組むこととなった。この法律整備による効果は大きく、その後、広島土砂災害(2014年)、関東・東北豪雨(2015年)、西日本豪雨(2018年)等大規模激甚風水害に日本は見舞われているが、その犠牲者数は伊勢湾台風時よりははるかに少ないものとなっている。また2018年台風21号災害では大阪湾で第二室戸台風(1961年)の潮位を上回る規模となり、関西空港で大規模な浸水に見舞われたものの、第二室戸の教訓をもとに整備されていた防潮水門が大阪市城への高潮浸水を防いだ。
 しかし、西日本豪雨に対し気象庁ははじめて一つの特定災害について地球温暖化の影響があると断定した。地球温暖化により台風など大型低気圧の発生頻度は減るとされているが、一方でその猛烈度は増大し台風など気圧一個あたりの被害は格段に深刻化すると国連でも警鐘を鳴らす。伊勢湾台風から60年、当時整備された防災施設も軒並み更新時期を迎える中、更なる防災体制の強化が欠かせない。


<関連図>

出典:内閣府「災害教訓の継承に関する専門調査会報告書・1959伊勢湾台風」より引用


5、復興道路全通見通し立つ<東日本大震災から10年で>

〈解説〉
 国土交通省は東日本大震災から10年となる2021年3月までに東日本大震災「復興道路」と「復興支援道路」と位置付ける総延長550kmが全線で開通する見通しとなったと発表した。総事業費は約2兆円にのぼった。2019年3月には難航していた旧JR山田線の民営移管により三陸鉄道による三陸縦断の鉄道が復旧(リアス線)、これらにより東日本大震災被災地の陸上交通網の全容は一応完成することとなった。
 このうち「復興道路」とは岩手・宮城両県の沿岸で津波地域を経由する三陸沿岸道路(延長359km)をいい、宮古盛岡横断道路(延長66km)など総延長約200kmに及ぶ3路線を「復興支援道路」という。岩手県内を通る三陸沿岸道路の五区間47kmを残し完成していた当該道路だが、五区間が2021年3月末に開通する予定がたち、全線開通を震災後10年で成し遂げた。
 「復興道路」等の整備に当たっては官民挙げての協力連携体制が奏功した。国土交通省東北地方整備局は震災後一早く全区間の事業化を決定、発注する地方道路事務所を増設強化するとともに、建設コンサルやゼネコンから成る民間チームが発注業務を支援する「事業促進PPP(※注3)」というシステムを構築した。これにより測量・設計・用買等道路整備に係る関連業務を一体化して同時並行で進めることに成功。中には事業決定から着工まで一年もかからず成し遂げた例もある。
 事業促進PPPは今回の東北復興に止まらず今後各被災地や事業困難地に展開してゆくことが期待される。しかし工事に参加した各建設会社が独自の施工実績と評価してもらえず、以降の公共工事の受注に当たり何らメリットがないなどの課題も浮き彫りになっている。PPP推進は公共コスト(税金)の削減と事業促進に寄与する仕組みとして、更に改良を加え普及させていく必要がある。
(※注3)PPP=Praivate Public Partnership(官民連携)


<関連図>

出典:国土交通省 平成30年度道路関係予算概要より引用




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