防災士の認証と防災士制度の推進で地域社会の防災力向上に寄与する

防災評論(第113号)

山口明の防災評論(第113号)【2019年12月号】

山口明氏による最新の防災動向の解説です。
〈解説〉とあるのは山口氏執筆による解説文、〈関連記事〉はそのテーマに関連する新聞記事の紹介です(出典は文末に記載)。防災士の皆様が、引用、活用される場合はご留意の上、出典を明示するようお願いします。

1、警戒区域外での土砂災害多発<土砂災害防止法の運用課題>

〈解説〉
 台風19号(2019.10)では直撃を受けた千葉県の土砂災害現場で4人が死亡した。いずれの現場(3カ所)とも土砂災害警戒区域(イエローゾーン)にも指定されていなかった。もっともうち2カ所は法に基づく事前の基礎調査により危険性は分かっていたが、県は指定を怠っていた。実は千葉県は全国でも指定の遅れが目立つ地域である。指定遅れによる大規模被害といえば広島土砂災害(2014年)が有名であるが、同年11月土砂災害防止法が改正・強化されたにも係わらず千葉県では指定率が全国最低を続けていた。その理由として千葉は首都圏の一角を占め、もともと地価が高く、住民の指定に対する抵抗性が強いうえ、これまで水害はあっても土砂災害は余り無かったという沿革的事情もあった。
 県は法に基づき土砂災害で危険が及ぶ地域を土砂災害警戒区域に指定、指定地域の市町村は地域防災計画にそれを明記して(ハザードマップを作成)して住民に事前に危険周知を行うべきことが義務付けられている。しかし千葉で県では指定によって「地価が下がる」不動産取引重要事項に明記され「取引が不利になる」など特に関係住民の間で不満が強く、反対区域の住民に対し県は何回も基礎調査の結果について説明会を開いていたというが、住民説明会そのものが開催されてなかった所もあった。その結果県推定の危険個所11,084カ所のうち指定を完了してたのはわずか4044カ所に止まっていた(2019年8月現在)。 このため当該地域には避難勧告すら発令できなかった所もあり、結果4名の犠牲につながった。
 大規模な土砂災害により死者が出るといつも土砂災害防止法の運用が問題として取り上げられる。自分の土地の価値を守ろうとする気持ちも分かるが、「財産よりも命が大切」という防災の基本を住民に徹底することがどうしても必要であり、地方の防災士はそのことを回りの人たちに訴えてゆく努力がさらに求められよう。



2、SNS投稿と避難の有効性<ダム緊急放流で見えた課題>

〈解説〉
 地震や台風の被害が甚大化する今日、避難やその備えの重要性が高まり、そのためのツールとしてSNS(社会交流サイト)がその存在意義を増している。当然不特定多数の者が投稿するSNSには偽・誤報がつきものでありそれを見きわめる眼を養うことが重要であるが、そうは言ってもその連鎖性や臨場感はSNS投稿にまさるものはない。「避難勧告発令」といった行政の呼びかけにはピンとこない住民でも近くの投稿者からSNSで送られてくる写真や動画を見ると被害実態がリアルに把握でき、避難をすみやかに行おうとする動機付けを与えることとなって、防災上有効活用すべきツールといえよう。
 しかしSNSの持つシンプルな情報提供という特性は、余りにも簡潔すぎて説得性に欠ける面があることも否めない。その端的な例をダム放流予告のツイッターでの行政発信に見ることができる。行政は例えば「〇時間後に××ダムで緊急放流を行う。××ダムの下流域の方はすぐ逃げて下さい。」などと発信するが、受信した例からはなぜ緊急放流があるのか、放流の量とこの危険度はどうなのか?下流域を浸水させるダム放流はおかしい。などというネガティブな投稿が乱れ飛ぶことになり、結果として避難がためらわれ、犠牲者が出ることにつながるおそれもある。
 このようなケースはダム緊急放流だけでなく他災害にも見られる。このためSNS導入はそれだけで万能という訳ではなく、行政として平常時から住民に対しダム放流などという措置はどのような場合に必要で、それに伴い極度の浸水被害が見込めるか、などを対話を通じ理解を促進しておくことが重要である。ダムの場合、緊急放流はマニュアルに沿ってこのままではダムが決壊するおそれのある場合にやむをえずなされるものであるが、放流がないと甚大な被害を下流域に与えることを分かっていない人が大半である。
 行政にとって公共事業の持つ意味や運用方針、利害得失を含め住民にしっかりと理解してもらうことがますます重要となっているが、防災士もそのための啓発普及に一躍担う存在となっていただきたい。また、マスコミもただただ緊急放流のマイナス面だけを伝えるのではなく、なぜそれが必要だったのか、系統立てて報道する責務があると見える。



<関連図>

出典:国土交通省(令和元年8月までのダムの取組と洪水調節状況)より引用


3、「迷走電流」火災の恐怖<2019年2月物流火災事故で書類送検>

〈解説〉
 2019年も様々な火災事故が発生したが2月に物流倉庫で溶接作業中に発生した火災はその原因が極めて特殊だった。「迷走電流」が主因であったからである。迷走電流とは何らかの原因で予期しない回路に電流が流れてしまう現象で、流れ先に可燃物がある場合火災につながる。
※迷走電流による火災のイメージについては下記等を参照されたい。
日本経済新聞(2019年11月25日)
https://www.nikkei.com/article/DGXMZO52592110V21C19A1CC1000/

 迷走電流が流れる“回路”とは何も電線に限ったものではない。むしろ大地や他の良導体が回路となり迷走することによって事故が起こることが多い。よく鉄道の付近の水道管やガス管が腐食して事故になることがあるが、電車からレールに迷走する電流が地中の金属配管に接触して酸化を早めることから起きる。また落雷電流が地中を迷走し配電管を破損させるケースもある。
 溶接作業はその中でも最も危険な“迷走因子”となる。溶接機から出た電流が溶接作業を通じそのままでは迷走電流となって離れた場所で発火延焼する。今回の事業では溶接現場から20メートルも離れた5階の700平方メートルが燃え3人が死亡した。原因として警視庁は同人を業務上過失致死の疑いで書類送検した。
 一般人の感覚からすると溶接はあくまでも高熱作業であり、そこに電流が発生しているとは考えにくい。今回大事故があって改めて溶接と電流の関係が認識されたが、防火・防災の観点からはこれに類似した因果関係により発生する事業・事故は意外に多い。防災士としてはこのケースに限らず色々な特殊災害事例を調べて、普段の防火対策などに活かしてゆく姿勢が求められる。



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