防災士の認証と防災士制度の推進で地域社会の防災力向上に寄与する
山口明氏による最新の防災動向の解説です。
〈解説〉とあるのは山口氏執筆による解説文、〈関連記事〉はそのテーマに関連する新聞記事の紹介です(出典は文末に記載)。防災士の皆様が、引用、活用される場合はご留意の上、出典を明示するようお願いします。
〈解説〉
今年コロナウイルス感染拡大が進む中、内閣府は東北から北海道の太平洋沖、さらには千島列島に延びる日本海溝、千島海溝でM9級の巨大地震が起きる、との検討会想定結果を公表した。東日本大震災の発生域に接しその北方に延びる海溝帯周辺ではこの指摘を受けるまでもなく度々大きな地震に見舞われており、北海道・東北のみならずロシアが実効支配する北方領土やクリル諸島(千島列島)、またカムチャツカ半島も幾度か大きな被害を受けてきた。今回公表した報告では震源や規模、津波高さも推定、最大規模はM9.1~M9.3と、東日本大震災(M9)をしのぐ大きさとされた。当然北海道の東部は広域的に震度6弱以上の揺れが予想される。
千島海溝の巨大地震をめぐっては地震調査委員会(文部科学省)も2017年に「切迫」しているとの報告を出したが、内閣府はこれに追随する形で「切迫している」との表現でその具体的発生危険度を公知した形だ。ではその根拠は何か。一つには2004年発生のスマトラ島沖地震(M9.4)の周辺海域では今回まで何回もM8級の余震とみられる大地震が連鎖していることだ。東日本域に接する北海道・千島域でも同じ事象が起こる(“ひずみ”が解消される)と考えられている。もう一つは津波堆積物という「物証」の存在だ。津波によって海底の砂や土などが陸へと押し上げられ、津波が引いたあとも残るのが津波堆積物である。大きな岩石が残る津波石など数多くの堆積物が牡鹿半島(宮城)から根室(花咲)半島にかけて多く発見されている(産総研調査)。869年に発生した貞観地震でも堆積物が発見されていたが、東日本大震災によって改めてこれら堆積物の履歴(推定)と層が注目されている。
ただ、日本・千島海溝巨大地震の発生可能性については多くの問題も指摘されている。同じく「最大級の想定」とされている2012年公表の南海トラフ地震想定に次ぐ発表であるが、同地震の予想発生域の範囲や推定Mが東日本大震災時のショックから過大に見積もられているとの批判も根強く、南海トラフに異を唱える地震学の立場を取る学者からあえて提起されているとのうがった見方もある。そしてより重要な点は本地震の想定域の大半がロシア施政化にあるということだ。「北方領土」というとその領有権の帰属のみがクローズアップされがちだが、千島はロシアのみならず日本海溝沿いの本邦域の安全、防災にも密接に関連するエリアだ。領土問題とは別に日・ロでより強固な地震研究の体制が構築されることが期待される。
<関連図>主な海溝型地震の想定震源域
出典:内閣府 防災情報のページ
〈解説〉
これまで防災というと、自然災害の脅威に対してハード面で堤防や河川改修を進め国土強じん化を図る方策や「自助・共助・公助」を重視して行政に頼らず住民や地域の力を結集しようとするソフト対策がメインであった。これらはいずれも重要な対策ではあるが地球温暖化で想定を超える災害が頻発する大気候変動時代を迎え、災害を完全に克服しようとする“押し出し”や“上手投げ”の取組みとは別に“うっちゃり”や“肩透かし”で災害を「いなす」形で取組もうとする動きがこの6月ごろから政府で本格化している。6月30日に環境省と内閣府が共同声明を出し、この取組みが本格化した。これは主に昨今の豪雨災害を意識した施策方向であるが、考え方としては、地震・火山その他の自然災害にも応用できる領域を含んでいる。
有効策の一つとして重点化されているのが災害履歴情報の共有化と住民への分かりやすい提供である。GIS(地理情報システム)の一層の活用などが念頭に置かれている。住民に対し、居住や住宅建設など土地利用上理解してもらいたい情報をより徹底して周知し、個々の意識向上を図ろうとするものである。第二には少子化進行を逆手に取り、人口減少を織り込みながら災害リスクの高い地域での新規開発抑制や既存住宅地の移転促進を図ろうとするものであり、6月3日に成立した改正都市計画法でもその趣旨が生かされ、災害危険エリアから低リスクエリア(居住改善地区)に住宅移転する場合、自治体による手段代行や費用支援を行う途が開かれた。このようにして災害危険エリアからの戦略的・計画的な撤退を図っていく。第3の方策としていわゆる“グリーンインフラ”の整備がある。例えば公園や街路の整備においても雨水が地中に浸透されやすい「レインガーデン(雨庭)」をできるだけ都市部で設置していくことや遊水地、湿地の保全・再生を挙げている。
日本では江戸期以降特に既成市街地の大半が浸水危険区域内に形成されてきた。今となってはこの大勢をくつがえすことは難しい。その中で気象変動(地球温暖化)や少子高齢化といった社会的課題に立ち向かわなくてはならない。防災士はじめとする一般住民も居住権をはじめとする既得権にしがみつくだけではなく、これらを「いなす」生活様式も身に付けていかなければならない時代に来ている。
<関連図>世田谷区のレインガーデン・上用賀公園
出典:世田谷区
〈解説〉
タイムラインとは防災士教本にも掲載されているように、自然災害(とりわけ外水氾濫)が発生しようという危険な状況の際、これから起こりうる想定を事前に把握し、いつ、どの主体(行政、民間、住民等)が何をしていくべきかを時系列で整理したチャートで、近年大規模な外水氾濫が頻発する事態を重くみた国土交通省が自治体や町内会を巻き込んだタイムライン策定のための運動を強化し、今や多くの自治体が国土交通省事務所の指導のもと町内会や住民個人にも働きかけて立派なタイムラインが作られている。7月豪雨で大被害を受けた球磨川流域の人吉市(19人死亡)でもコミュタイムラインによる詳細な行動規準が定められ、人吉は“タイムラインの先進地”と呼ばれるくらいであった。人吉市では2016年からタイムラインの運用を開始、7月には球磨川本川のみならず支流6河川と土砂災害警戒区域(約270か所)をも加えた「マルチハザードタイムライン」を今回はじめて完成させ、まさに準備は万全のはずだった。
しかし、結果的には折角のタイムラインも奏功せず、大きな犠牲を出す“空振り”に終わった。その主因は発災直前の7月3日夕方に関係者一同がここまでの豪雨が襲来するとは考えていなかったことによる。確かに4日までの2日間にタイムライン想定どおりの420ミリ近くの豪雨が記録された。しかしその後の雨量がタイムラインの予想を大幅に超える60ミリ/時間を連続して記録してシナリオが狂い、夜間だったことで人吉市は避難指示を出すべきタイミングを計りかねた。ようやく指示が出たのは4日未明の午前5時15分。そのあとわずか1時間後には国土交通省は球磨川の氾濫を確認している。
本来のタイムラインでは住民避難が完了する予定であった午前6時頃に避難所に到着していた人は市の集計でわずか200人位と報告されている。被害発生の概ね4時間半前に終了するとしていた住民避難は全く実行できなかった。
タイムラインを作成していることは防災士にとっても行動指針として非常に有効である。しかしそれだけでは住民の命は守れない。やはり何らかの別の方策が検討されるべきであって、特に夜間の急激な豪雨と対象河川の水位上昇にはもっと強力な手を打たなければならない。次期通常国会では災害対策基本法改正案が審議され、避難勧告を廃止して避難指示に一本化される方向にあるが、この際夜間の安全措置についてはより一層踏み込んだ対策も併せて話し合われるべきではないだろうか。
<関連図>令和2年7月豪雨で多くの人が避難した人吉スポーツパレス
撮影:日本防災士機構
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