防災士の認証と防災士制度の推進で地域社会の防災力向上に寄与する

防災評論(第130号)

山口明の防災評論(第130号)【2021年6月号】

山口明氏による最新の防災動向の解説です。
〈解説〉とあるのは山口氏執筆による解説文、〈関連記事〉はそのテーマに関連する新聞記事の紹介です(出典は文末に記載)。防災士の皆様が、引用、活用される場合はご留意の上、出典を明示するようお願いします。

1、危機にある火災保険 

〈解説〉
 災害への備えとしての共助の代表格として、火災保険が古くから大きな力となっている。しかし最近の自然災害の激増傾向により、火災保険の補償範囲と関連して精度の存在をおびやかされかねない事態となっている。相次ぐ大規模災害で保険金の支払額が膨らみ続け、保険会社としての保険収支が悪化しているためである。(表1)は保険会社が保険料率算出の目安となる数値を算出している損害保険料算出機構が発表した2018年までのここ10年間で支払った保険金額と、その内訳を示したグラフであるが、累年増加傾向にあり、特に西日本豪雨(7月、308人死亡・行方不明)のあった2018年は約8,000億円と記録的な額に達した。
 火災保険で補償される災害について防災士として当然知っていおかなければならないのはその範囲である。火災については名称のとおり当然補償されるが、本格火災のほかボヤ程度での壁や家財の損傷や消火活動で水損を受けた設備(家具等)も含まれる。火災で注意すべきは他人からのもらい火(延焼)による損害で、日本では失火責任法により火災を起こした原因者には放火・重過失がある場合を除き責任を問えない。したがって自ら保険に入っておかないと大変な損失を被ることになる。
 しかし保険会社を苦しめる原因は最近では火災ではない。防風、ひょう、豪雨、洪水、土砂災害など自然災害に対する補償が表1を見てもわかるように急増している。ただし地震による被害が別途地震保険に加入していないと補償されないことは一般にも知られるようになった。この場合の「地震による被害」には地震による直接の被害(建物などの倒壊など)だけではなく地震に起因する火災も含まれる。
 このように火災保険は地震以外の自然災害に幅広く対応する有益な制度であるが、あくまでも個別契約において付保すると定めた災害の範囲でしか補償は受けられないので例えば洪水や高潮などの水災補償についても付保が必要である。一般には高層マンション上階などを除き、家屋には水災補償も付保しておくことが最近の状況を考えると必要であろう。
 補償額の増加が続き、ここ数年保険金の支払いが膨らみ保険会社の採算が悪化している。2021年1月には大手を中心に6~8%の保険料上げが行われ、2022年もさらに10%再値上げが予定されている。加えて保険会社の財務を安定させるため、保険期間をこれまでの主流であった「10年」から「5年」に短縮する動きも強まっている。防災士が市民から保険について相談を受ける場合これらの動向を保険会社ごとにキャッチしてアドバイスしてゆくことが一層求められる。


<表1>
出典:損害保険料算出機構


2、被災と酒依存(東日本大震災の場合)

〈解説〉
 東日本大震災以降、被災を大きく受けた東北の岩手・宮城及び福島の三県では一人当たり飲酒量の増加が続き、2014~2015年度で各県とも一旦ピークアウトしたが、それでも高止まりの傾向に変化はみられない。震災前の2009年度には全国飲酒量をわずかに上回るのは三県のうち岩手だけだったが、その後宮城と福島でも一気に増加、2018年度では岩手では全国平均を大きく超える一人当たり87.7リットルとなっている。この間全国平均は2009年度の83リットルから2018年度は80リットルを切るなど徐々に低下傾向にあったが、遂に東北三県で一人当たり飲酒量が激増したのはやはり震災の後遺症と考えざるを得ない。昨今の新型コロナウイルス感染拡大に伴う飲食店での酒提供自粛の影響もあり、2021年度には全国で一人当たり飲酒量は減少していると見られるが、酒依存による病理や社会問題の発生は見過ごすことのできない災害関連事象として三県に重くのしかかっている。
 2014年に施行されたアルコール健康障害対策基本法に基づき被災三県でも対策計画を策定してはいるが、法施行に伴い個々人に働きかける目立った対応は殆ど行われていない。県等では精神保健福祉センターや保健所で専門職によるアルコール依存症に対する相談窓口を設けているが、敷居が高いうえに人員も少なくコロナ対応もあって手が回らない状況である。酒依存が本格的なアルコール依存症に進行しないよう各地にある体験を語り合う会などの自助グループの存在と防災士が把握し、ケアが必要と思われる被災者を積極的に参加させて回復を促す努力が最も効果的であると思われる。ただ不幸にして本格的なアルコール依存症となった被災者は医療対応が不可欠になってくるし、依存症から脱するインセンティブを提供できる機関として全日本断酒連盟(03-3863-1600)が全国組織をネットしているので、その活用を勧めるのも効果的である。
 医療機関のホームページには、アルコール依存かどうか自分で判断できるチェックリストが公開されているので、防災士はこれらを参考として、この問題に対応することが望まれる


3、国民の3分の1は洪水危険地域に居住(都市再生法改正)

〈解説〉
 日本のみならず世界各地で洪水や土砂災害を引き起こす豪雨が増えている。気象庁のデータから解析すると、2011年からの10年(~2020年)は地球温暖化が本格化する前の1976年~85年の10年間に比べ「非常に激しい雨」(一時間に50ミリ以上の降雨量)の発生回数は1.5倍に、さらに「猛烈な雨」(同80ミリ以上)は実に1.9倍となった。
 今年に入っても沖縄で6月に線状降水帯が発生して気象庁は創設後初めて「顕著な大雨に関する情報」を同県に発令する等激しい豪雨に見舞われた。しかし今年発表された国勢調査速報値を見ても人口の都市部への集中は一向に収まっていない。この結果河川氾濫により被災する恐れがある「洪水浸水想定区域」に住む人々は2015年までの10年で約165万人も増加(総人口の28.7%、約3,650万人)し、国土交通省の推計によると今後もこの区域の住民は増え続け、2050年には総人口の30%を超えるともいわれる。つまり国民(外国人も含むが)の約3人に1人は常時洪水災害の危険と向かい合って暮らしてゆくことになるのだ。
 安倍内閣のとき鳴りもの入りではじまった“地方創生”だったが掛け声だけに止まった感が強い。このままいけば日本は少子高齢化が進行する中、お年寄りだけが都市部に集住するといういびつな国家になりかねない。これらの危機課題に抜本的な解決のための処方箋は国力が衰える中、見出しにくい現実に直面しているが、それでも行政主導で極力是正していこうという方策は色々打ち出されている。
 特に昨年成立した都市再生特別措置法改正法では、都市住民から潜在危険をできるだけ除去していこうとする試みとして評価できる。同法は“安全で魅力的なまちづくり”をスローガンとして「安全」と「魅力」の両面にわたって都市空間を再生してゆこうとするものであるが、特に防災士にとって関連深いのは「安全なまちづくり」のための誘導策である。とりわけ崖崩れや地すべりなど土砂災害の恐れのある「災害レッドゾーン」ではこれまでの土砂災害防止法の規制から一歩踏み込み、自己業務用施設(ビル、病院、ホテル等)の開発を原則禁止するという思い切った措置が盛り込まれた。また浸水ハザードエリアなどにおいては今まで規制はあったが抜け道も多いと批判されてきた市街化調整区域における開発許可が極めて厳格化された。あわせて危険エリアから域外に引っ越すための促進策も導入された。これらの制度は複雑だが防災士にとって理解しておく重要なポイントでもある。国土交通省では(表2)にあるように安全なまちづくりに関する相談窓口を整備局内に設けている。防災士会の自主学習等を支援する取組みも進めている。ぜひ一度訪問して知識を深めていきたい。


<表2>

[防災短信]

以下は、最近の報道記事の見出し紹介です。