防災士の認証と防災士制度の推進で地域社会の防災力向上に寄与する

防災評論(第142号)

山口明の防災評論(第142号)【2022年6月号】

山口明氏による最新の防災動向の解説です。
〈解説〉とあるのは山口氏執筆による解説文、〈関連記事〉はそのテーマに関連する新聞記事の紹介です(出典は文末に記載)。防災士の皆様が、引用、活用される場合はご留意の上、出典を明示するようお願いします。

1、戦争と国民保護(2)~現在の制度から前進を!~ 

〈解説〉
 前号でも触れたが、先進国では“起こり得ない事”と考えられていた戦争がヨーロッパ大陸で始まってしまい、早や4ヶ月が過ぎた。この間戦闘は首都キーウ(キエフ)やハルキク(ハリコク)周辺、ドンバスなど東部、さらには黒海沿岸の南部とウクライナ全土に及び、この戦争による国外避難民は400万人とも800万人ともいわれている。戦死者についてははっきりした数値は調査すべくもない状況下にあり、ロシア・ウクライナ双方で何十万単位のオーダーに達しているともされる(民間人を含む。)。直接介入すれば第三次世界大戦の引き金になるとしてNATO(北大西洋条約機構)や日本を含むG7(先進7か国)はウクライナに対する武器等供与を強化しており、これに力を得た同国はまだまだ降伏する気配を見せず、中国など域外国の思惑もあってこの戦争は益々長期化する様相を見せている。
 この中にあって日本でも戦争は現実に起こりうる災害という認識は広まりつつあるが、この世論を有利とみた政治勢力が防衛費や軍備の拡張をする声高に主張している。しかし戦争はゲームではなく現実に身に振りかかる参事であることからくる避難のあり方や態勢について殆ど腰の据わった議論が展開されていないのが実情である。
前号で述べた国民保護法(2004年制定)はこのような事態に対応する法制度であり、その体裁は一応整ってはいるが、ウクライナにおける現実の国民被害を直視するとその内容に不十分な点が散見されることが危惧される。
実はこの法律制定時に政府部内でどの官庁がこの業務を主に担うのかについて消極的行政権限争議があり、国土交通省、国家公安委員会(警察庁)その他の関係省庁はいずれも主掌することに消極的であったうえ、戦闘の前面に立つ防衛省(自衛隊)は戦いに専念すべきであるという理屈から国民保護行政の局外に置かれた。
一方北朝鮮の脅威に日々向かい合う韓国において、国民保護は「民防衛」と呼ばれ日本よりはるかに先行して整備され、その主務官庁は行政自活部(当時)であったところから、これに相当する官庁として総務省(旧自治省)が選定されたという経緯を持つ。したがって国民保護は総務省所轄の地方公共団体、消防が担うこととなり、消防庁に「国民保護・防災部」が設けられた。
最近あるTV番組でいざウクライナのような戦争が起こったとき住民をどう避難させたり保護したりするのか問われた自衛隊幹部は「もちろん私どもが皆さんを守る、戦争と保護の両方をやる」と勇ましく答えていたが、今の国民保護法制はそうなっていない。今回の教訓をふまえ、また憲法改正の議論もある中で戦時の国民保護体制に自衛隊に関与させるべきかどうか実効ある制度前進の検討を進めるべきではないだろうか。



(表) 国民保護ポータルサイト「避難の仕組み」







2、「盛土規制法」成立~熱海土石流災害の教訓

〈解説〉
 2021年7月に静岡県熱海市伊豆山地区で発生した土石流による災害は未だにすべての行方不明者が発見できない程大きな爪跡を現地にもたらした。大災害の原因の一つに土石流発生地点に大量の盛り土が存在したこと、その管理や安全対策が不十分であったこと等が挙げられて問題化し、国や県、市における真相究明と責任追及、訴訟等が提起され、現在なお継続中である。
一方、国土交通省はこの事件を契機に杜撰に放置されてきた盛土規制のあり方を抜本的に見直し、都道府県等が指定する規制区域内での盛土は許可制とすることを柱とした宅地造成規制法の改正案をとりまとめ国会に提出、20日に可決・成立した。またこの法律の名称を「盛土規制法」に改め、社会的に盛土の危険性を強くアピールすることとした。一般的に既存の法律の名称を改称することは異例であり、国土交通省のこの問題に対する強い決定が下されることとなった。
 改正法では盛り土によって周辺に被害を及ぼす可能性のある区域を規制区域として都道府県等が規制、当該区域内の盛り土は、土地の造成目的によるものであるか否かを問わず、単なる不要土砂の捨て地や一時的堆積地も許可が必要となる。盛り土工事においては事業者に工事状況を定期的な報告義務を課す一方、無許可工事はもちろん、危険盛り土と判断された盛り土に対する改善工事等の是正措置命令も明確化された。罰則についても無許可工事法人に対する両罰規定を明示、最高3億円の罰金刑を課することとした。国土交通省では2023年5月にも施行したいとの方針である。
 こうして事実上野放しの状態となっていた危険盛り土に対する法規制の網は整備された。しかし問題はこれからである。防災士ならだれもが知っているように今から〇〇年前に発生した広島土砂災害(第一次)を受けて2001年に「土砂災害防止法」が制定され、土砂災害警戒区域等の指定を都道府県が行えるようになったが、その10年後に再び広島土砂災害(第二次)が第一次災害の近隣地で発生、多くの死傷者を出した。この主因は広島県が法による規制区域の指定が遅れたため宅地造成が危険地域に無秩序に広まったことにあるとされる。同じことが盛り土規制でもあっては法も画餅に帰する。防災士は日常活動などを通じ、都道府県等が法の運用を円滑に進めるようウオッチしてゆく必要がある。
【盛土規制法主なポイント】
・盛土により人家に被害を及ぼしうる区域を指定、許可制に。
・安全な基準に沿って盛土工事が行われたか確認。
・土地所有者などの責任の所在の明確化。
・無許可造成や違反の際の罰則を強化。



3、新たな被害想定公表~首都直下型地震

〈解説〉
 東京都は2020年5月25日、首都直下地震の新たな被害想定を公表した。2012年に前回公表した被害想定に比べ建物の耐震化や木造密集(木密)市街地の解消と不燃化対策に注力した結果、地震による死者数と被災する建物の全壊又は全焼棟数はいずれも約36パーセント減少するなど、この10年間に官民が進めてきた地震防災対策の効果はみられるが、それでも被害規模が最大となると見込まれる「都心南部直下地震」の場合、都内23区の約60パーセントの地域で震度6以上の揺れを感じ、最大で死者数は6,148人にのぼることが想定される。
 これまでの被害想定では人口分布や建築物の構造、地形等のデータ分析と揺れの大きさや火災への弱さなど地域ごとの細かい条件設定をしてシミュレーションして数値を出してきた。ただこれら数字の羅列だけでは一般には「大変な被害になる」、「コワい!」といった印象を抱くだけで身の回りでの具体的事象がどうなるのかイメージがつかみにくいという難点があった。
そこで今回は数値化できない影響を時系列で整理し、避難における具体的インパクトを生活局面ごとにまとめた「災害シナリオ」(下掲)も初めて示された。住民の震災対応のイメージがよりリアルなものとなり、対策が取りやすくなるメリットもあると考えられる一方、科学的データ分析に基づかない定性評価であるため受け止め方によっては対応に偏りが生じるおそれもある。いずれにしても首都圏の防災士にとっては帰宅困難者対策も含め必ず目を通しておくべき資料であろう。









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