防災士の認証と防災士制度の推進で地域社会の防災力向上に寄与する

防災評論(第143号)

山口明の防災評論(第143号)【2022年7月号】

山口明氏による最新の防災動向の解説です。
〈解説〉とあるのは山口氏執筆による解説文、〈関連記事〉はそのテーマに関連する新聞記事の紹介です(出典は文末に記載)。防災士の皆様が、引用、活用される場合はご留意の上、出典を明示するようお願いします。

1、災害増加とニセ保険請求~結局ブーメラン効果に 

〈解説〉
 最近国内外で自然災害が多発し、風水害などを補償する火災保険事業は損害保険大手といえども赤字が続いている。このため各社は数回にわたり火災保険料を引き上げ、何とか採算をとろうとしているが、追い付いていない。ある最大手損保の一角は2021年度も火災保険部門で400億円程度の赤字を発生した。
一般的な赤字要因はもちろん気候変動に伴う災害多発と大型化によるものであるが、これに便乗したニセ保険請求案件も増加している。損保業界全体でニセ保険請求に関連する被害総額はいくらか、又はいくら位と推計しているかは明らかになっていないが、先に損保では傘下2社の合計で70億円程度がニセ保険請求だと見込んでいる。
ニセ保険請求の手口としては災害に関係ない破損なのに「災害時に家屋が被害を受けた」と偽るほか、実際に被災していた部分があったが、それに加えて元々破損していた部分まで合わせて請求する場合や、より悪質な場合には破損した家屋の写真を貼付し単なる経年劣化しただけの外壁工事に保険金を充てようとするなど多種多様に及ぶ。
 ニセ保険金請求(保険金の不正請求)は被災者(又は偽被災者)が発案して保険代理店に持ち込むケースも中にはあるが、殆んどは保険金請求の表裏に精通した“プロ”の修繕業者に唆されることが多い。
ニセ保険請求はもちろん詐欺であり、刑事的にも民事的にも請求者や修繕業者はその罪や不法行為責任を負うものであるが、大規模な災害に遭遇した保険会社にはその調査を行う余裕もなく、大半は請求されたままに保険金を支払っているのが常態である。もちろん損保側も何ら手をこまねいているのではなく、例えば請求があった場合代理店と連携したり、ドローンなどを飛ばして調査したりとできるだけ早く保険金の査定が完了するようにと手段は取っているが、焼け石に水という。
ここで注意しなければならないのは、ニセ請求で保険金を手にして潤ったように見えてもそれは被保険者から集めた保険料収入によって支払われるものであり、そのニセ支払いがどんどん増加するとブーメラン効果で再び保険料にはね返って被保険者全体が損をするという結末を招くことになる点である。損保会社はニセ保険請求について声高に主張すると、保険金の出し渋りではないかと世間から批判を受けるため消極的である。
防災士は地域の守り手として一般消費者を保護するため、ニセ請求防止の啓発も考えていく必要があるのではないだろうか。




2、津波の新たな形態「潮位変化」

〈解説〉
  2022年1月に発生した南太平洋トンガ沖海底火山「フンガトンガ・フンガーパイ」で発生した海底火山の噴火に伴う津波についてはこれまでに考えられてきた津波の発生理論とは異なる新形態のものだったことが次第に明らかになってきており、今後の国内外の研究分析成果が更に深化し、この新形態津波への対応力が強化されることが期待される。
 気象庁は1月15日の午後7時ごろ、当該海底噴火について若干の海面変動の可能性にあるものの被害の心配があるほどには至らず、との判断を発表していた。
東日本大震災の大津波など過去経験してきた津波の殆どは地震や噴火等により海底の地かく変動が発生し、それによって押し上げられた海水の塊が波として伝播し周囲に広がっていくものであった。到達する津波の高さは必ずしも震源地に近い場所での津波高より低くなる訳ではない。しかし、震源地付近に比べとび跳ねて高い津波高が遠隔地で観測されることはメカニズムから考えても例はなく、このため気象庁は当初この海底火山の噴火規模やエネルギー等からみてそれほど大きな津波が日本沿岸に押し寄せるとは考えていなかったのである。またその到達予想時刻も従来型の津波伝播速度からみて実際の到達時間に比べ2時間程度あとになるだろうと想定していた。
 ところが、今回の新形態津波はその到達時刻も津波高も従来型の定説をくつがえす常識外れのものとなったため、気象庁はあわてて噴火後11時間経過した1月16日午前0時すぎに津波警報・注意報を発令した。だがその時すでに津波が到達していた奄美群島など一部で津波被害が発生、2時半ごろには岩手県久慈港で1メートルを超えるかなりの津波が襲来し、これらの事態を目にした気象・地震・海洋など各分野の研究陣には衝撃が走った。
 1月16日未明に記者会見した気象庁はこの津波について「これまでこういった現象に遭遇したことはなく、今のところ原因は不明」としつつも、噴火に伴う気圧上昇があった直後から短い周期で海面潮位の不規則な上下動が大幅に観測されたところから、潮位変化による津波と説明した。半年近くたった現在でもその見方は概ね正しかったとされている。
問題はどのような噴火の場合今回のようなケースが起きるのか、また発生する津波の予想高と到達時間はいつ頃か、さらにそれを予警報として住民に周知する正確な方法の確立は?という点であろう。トンガ沖のような噴火例は少ないとはいえ、地球の地かく変動リスクは急激に高まっているといわれる。研究機関、行政部門の解析と成果発表に期待したい。



(【表:津波警報・注意報の種類】
※津波警報は「高さ1メートル超」で発令される





出典:気象庁




3、戦争と国民保護~ウクライナでの教訓から~

〈解説〉
 ウクライナ戦争は開戦後はや3か月を過ぎ、ロシア軍の方針変更もあり、戦場はドネツク、ルガンスクの2州に集中、多くの住民は孤立した都市に封じ込められ多くの戦死者を出し続けている。その悲惨な状況は連日TV等で報道され、多くの日本人は、もし自らにこの事態が振りかからないだろうか、と漠然とした恐怖におびえざるを得ない。
ロシアは歴史的に何回も平然と国際条約などを無視して周辺国を侵奪してきた。太平洋戦争末期中立条約に違反して満州・樺太そして北方領土に攻め込まれ塗炭の苦しみを味わった邦人にとってロシア(旧ソ連)の脅威は頭からぬぐいされない。しかし現在のウクライナの惨状を見て自らが戦禍をくぐり抜けて生き残るためにどのような制度があるのか、政治もマスコミも余りこの問題に触れることなく、北朝鮮・中国の不穏な動向も迫る中“見て見ぬ振り”“対岸の火事”を決め込んで、戦争で侵略された場合の保護措置を積極的にアピールすることは避けている。
 北朝鮮のミサイル発射や不審船騒ぎなど周辺事態の不安定な状態が現実化していた平成10年代後半にも戦争の現実味に備えなければならないという気運が盛り上がりをみせ、戦争に対処するための数本の法律が制定された。それまでは日本は“非武装中立”を掲げる有力な政治勢力や報道姿勢があり、敵が攻撃することは無い、あったとしてもすぐ降服してその指揮下に入ればよいといわんばかりの説が力を持っていた。したがってわが国戦車が進撃中に道路信号機が赤であるときは止まらなくてならないのか、などの荒唐無稽な議論が普通に行われる状況であった。
 国民保護法(2003年成立)は日本として初めて国民を戦争による災害から守るために作られた法律であるが、令和の今この法律の存在を知る人はそれほど多くなく、ましてやその内容をある程度でも承諾している人は殆どないと云っていいだろう。このためいざウクライナのような事態に陥ったとき本当に国民がこの法律に基づいて迅速に行動できる体勢にあるのか甚だ心もとない現実にある。
防災士も当然この一部に入る訳であるが(法第四条第二項)国民保護の一翼として機能が発揮できるのか、改めて自己点検しておく情勢にあるといえるだろう。
 ただこの法律には大きな問題がある。実働部隊である自衛隊との関係であるが改めて稿を起こして考えてみたい。